2019/02/20
2. hand first, foot final
ロペ問題: なぜ、「手を染める」のに、「足を洗う」のか?

この問題を解くカギは「手」と「足」が何を表しているのかにある。
まず、「手始めに」という言い方があるように、手は「開始」を表すといえる。
手を付ける/手を下す = 何かを始める
これに対して、足は「終わり」を表すといえる。
たとえば、「足が出る」は予算以上の出費で赤字になることを表すが、これを言い換えれば、予算のMAX (限界点)越え=終点越えである。
その終点こそが足であり、足が出る=終点から出ることになる。
足がつく = 証拠 (すでに終わったことの痕跡)が見つかる
つまり、手はstartで足はgoalを表す。
さらに、「染める」は「色が変わる」という変化=「始まったぞ!」ということを表す比喩になっている。
(「手を汚す」ともいうし、始まりには何かと色をつけたがるのである)。
そうすると、終わりの際には「きれいに」しないといけないので、まさに「洗う」のである。
「洗う」ことは「無くなる」=「終わった」ことの比喩になっている。
つまりは、こんな感じ。

このように、空間的な位置関係を手(start)と足 (end)を使って表している。
さらに「開始」を「染める(変化)」、「終了」を「洗う(完了)」で表しているため、「手を染め、足を洗う」なのである。
しかし、これで話は終わりではない。
シャーロックは次のように言っている。
“I never guess. It is a shocking habit - destructive to the logical faculty.”
(僕は憶測でものをいわないことにしている。それはとんでもない悪習で、論理的な思考力を破壊することになる。)
次に大事なことは、今回の考察に「反例」はないかということだ。
人体で譬えるなら、「頭」や「首」がstartを表してもいいのではないか?
「首を突っ込む」・・・
また、足を使った表現でも、何かを始めるという意味を出せないのか?
「足を入れる」・・・
もう少し考察を深める必要がありそうだ。
(to be continued)
ロペ問題: なぜ、「手を染める」のに、「足を洗う」のか?
この問題を解くカギは「手」と「足」が何を表しているのかにある。
まず、「手始めに」という言い方があるように、手は「開始」を表すといえる。
手を付ける/手を下す = 何かを始める
これに対して、足は「終わり」を表すといえる。
たとえば、「足が出る」は予算以上の出費で赤字になることを表すが、これを言い換えれば、予算のMAX (限界点)越え=終点越えである。
その終点こそが足であり、足が出る=終点から出ることになる。
足がつく = 証拠 (すでに終わったことの痕跡)が見つかる
つまり、手はstartで足はgoalを表す。
さらに、「染める」は「色が変わる」という変化=「始まったぞ!」ということを表す比喩になっている。
(「手を汚す」ともいうし、始まりには何かと色をつけたがるのである)。
そうすると、終わりの際には「きれいに」しないといけないので、まさに「洗う」のである。
「洗う」ことは「無くなる」=「終わった」ことの比喩になっている。
つまりは、こんな感じ。
このように、空間的な位置関係を手(start)と足 (end)を使って表している。
さらに「開始」を「染める(変化)」、「終了」を「洗う(完了)」で表しているため、「手を染め、足を洗う」なのである。
しかし、これで話は終わりではない。
シャーロックは次のように言っている。
“I never guess. It is a shocking habit - destructive to the logical faculty.”
(僕は憶測でものをいわないことにしている。それはとんでもない悪習で、論理的な思考力を破壊することになる。)
次に大事なことは、今回の考察に「反例」はないかということだ。
人体で譬えるなら、「頭」や「首」がstartを表してもいいのではないか?
「首を突っ込む」・・・
また、足を使った表現でも、何かを始めるという意味を出せないのか?
「足を入れる」・・・
もう少し考察を深める必要がありそうだ。
(to be continued)